LOGIN翌日。体のだるさを引きずりながら、僕は目が覚めた。窓からは、相変わらず暖かな日差しが差し込んでいる。
ふと横を見ると、相沢さんがかすかな寝息を立てている。
(……きれいだよな)
彼の寝顔を見ながら、僕はそんな事を思った。
穏やかな寝顔を見ていると、昨夜の激しさが嘘のようだ。
僕は、何の気なしに彼の髪をなでる。さらりとした質感がとても心地よくて、ずっと触っていたくなる。
「ん……よしはる、さん……?」
ぽやっとした顔で、相沢さんがつぶやく。
「あ、おはよう。ごめん、起こしちゃった?」
邪魔をしてしまったと思い、僕はすぐに謝罪した。
「ううん。もう少ししたら、起きようと思ってたから」
相沢さんはそう言って、ふぁ……とあくびをする。
「そっか、じゃあ……」
と、僕がベッドから出ようとした時だった。
「えー? まだいいじゃん」
相沢さんに、ベッドの中に引きずり込まれてしまった。
「ち、ちょっと……相沢さん!」
彼の腕から逃れようと、僕は必死にもがいた。
「暴れるなって。
そう言って、彼は僕に口づける。
(……ずるいって。キスされたら、スイッチ入っちゃうよ)
そんな事を考えながら、僕は彼を受け入れていた。
「ふ……ぁ……んぅ……」
優しいキスに、自然と吐息が漏れる。
舌を絡め、歯をなぞられ、甘い刺激が僕の体を熱くさせる。
ベッドの中で、互いのぬくもりを確認する。興奮しているのか、彼の肌も火照っている。
「ん゛っ!?」
いきなり、相沢さんに腰を引き寄せられた。今までよりも深いキスに、僕はくぐもった声を上げる。
緩く勃ち上がっていた僕自身が、相沢さん自身と擦れ合い、しびれるような快感を生む。びくびくと震え、先端が彼の腹に当たる。それがまた、気持ちよかった。
「ふふ……佳晴さん、腰動いてる。そんなに気持ちいい?」
唇を離した相沢さんが、妖艶な笑みを浮かべてたずねる。
「うん……気持ち、いい」
熱に浮かされたような僕は、素直にうなずいた。
「素直だね。普段から、今みたいに素直ならいいんだけど……。ま、いいや。いい子には、ご褒美あげないとね」
言って、相沢さんが軽くキスをする。
「ぅあ……ふぅ……ん」
甘く喘ぎながら、僕は彼の唇を貪る。
「……ふ、積極的な佳晴さん、かわいい。壊したくなるけど、今日は優しく抱いてあげる」
相沢さんは、僕から唇を離して、低く甘い声で告げた。つーっと、僕の尻の割れ目をなで上げる。
「ひぅっ……!」
びくりと体を震わせて、僕は甲高い声を上げた。
「いーっぱい、気持ちよくしてあげるね」
相沢さんはねっとりと告げて、僕の尻や胸はもちろん、腹や太ももの内側、鼠径部までもさわさわとなで回す。
「はぁ……ん……ぁ……くぅ……っ……んぁ……」
与えられる甘い快楽に、僕自身が反り勃ちびくびくと震えてしまう。
(こんなの……おかしくなる……!)
緩く甘い刺激に、頭の中が溶けてしまいそうだ。
「あ……あいざわ、さん……ほし、い……」
喘ぎながら伝えると、
「んー? 何が欲しいの?」
と、彼は意地悪くたずねて、僕の窄まりをふにふにと触る。
「んぁ……あ、あい……ざわ、さんの……」
その先の言葉が、のどにつかえて出てこない。
「俺の?」
言いながら、彼は窄まりに指を挿れた。
「ひんっ!」
心の準備ができていなかった僕は、反射的に声を上げる。
「俺の、何? 指でいいの?」
のどの奥で笑いながら、相沢さんがたずねる。
「ふっ……ん……ちが……あ゛ぁ……!」
彼の言葉を否定しようとするものの、自然に出る喘ぎ声に邪魔をされる。
「ふふ……そっか、佳晴さんが欲しかったのは、俺の指なんだね? 美味しそうに咥えちゃって」
煽るように言って、相沢さんは指の抽挿を速める。
「あ゛ぁ……や、ちが……う! 指、じゃ……なくてぇ……ぅあ゛っ……!」
彼の指の動きと感触に、僕の声が止まらない。
「違うの? こんなに、きゅうきゅう締めつけてるのに?」
妖艶にたずね、相沢さんは指を動かし続けている。
「気持ち、いいけど……んぁ……あいざわさん、の……
お願いと、僕は相沢さん自身に触れた。
「――っ! ほんっとに……俺を欲情させるの、上手いよな。挿れてあげるから、自分で広げて」
僕の秘部から指を抜いた相沢さんの瞳が、獰猛な獣のそれのようにギラリと光る。妖艶な笑みから、余裕そうな部分が削ぎ落とされた気がした。
その言葉に、僕は素直に従った。仰向けになり、窄まりを広げる。
「挿れるよ」
そう言うと、相沢さんは、僕の中にゆっくりと自身を沈めていく。
「あ゛ぁ……! あ、ぁ、くぅ……ふぅ、ん……はぁ」
指よりも太く逞しい彼自身を感じて、先ほどよりも高く大きな声が出てしまう。
「や、べ……気持ちいい……。起き抜けだから、か……?」
彼は、呻くようにつぶやいて、腰を動かす。
ゆっくりとした抽挿に、今まで感じた事のない快感の波が押し寄せる。彼を求めて、腰が勝手に動いてしまう。
「うあ゛ぁぁ……ふぅ……ん゛っ……ぐ……」
「腰、止まんないね? 気持ちいい?」
相沢さんにたずねられて、僕は喘ぎながらうなずいた。
「あ゛っ……あいざわ、さん……もっとぉ……んぁ……奥……突い、て……」
緩い刺激に耐えかねて、僕は淫らにねだってしまった。
「おねだり、上手くなったね。でも、だーめ。佳晴さん、明日、仕事でしょ? 仕事の前日の激しいセックスは、NGじゃなかったっけ?」
相沢さんは、緩い抽挿を繰り返しながら、確認するように言った。
確かに、次の日に差し支えるほどの激しいセックスは、遠慮したい。でも、激しく突いて壊してほしいと思ってしまうくらい、彼から与えられる快楽は、僕の思考を溶かしていた。けれど、彼の動きは変わらなくて、僕は無意識に彼自身を締めつける。
「くっ……! そんなに……締めつけんなって。激しくしたら、辛いのはあんただよ? 今日は、これで我慢して。次の土曜日に、嫌ってほど犯してあげる、から!」
言いながら、相沢さんは、僕の最奥まで自身を挿れてぐりぐりと押しつける。
「う、あ゛……あぁ……ふか、い……! あ、あぁ……あ゛ぁぁあぁ――っ!」
それがとても気持ちよくて、抉られたまま僕は欲望を吐き出した。
「……うっ!」
直後、相沢さんも僕の中で果てる。
僕の中から彼が引き抜かれる感覚に、名残惜しさを感じてしまう。もっと欲しいと思う反面、次がある事がうれしくもあった。
「さてと。飯、食おうぜ!」
相沢さんは、自身と僕の下半身の処理を済ませると、爽やかな笑顔でそう言った。
先ほどまでの妖艶な雰囲気が、嘘のように消えている。
(本当に、切り替えるのが早いよな)
なんて思いながら、僕はうなずいた。
リビングに向かうと、相沢さんがキッチンに立つ。しばらくすると、ベーコンエッグときつね色のトーストが食卓を彩った。食事をしながら、僕達は他愛もない話で盛り上がる。
食事の後、僕はほんの少しだけ、帰りたくないと思ってしまった。快楽を貪り足りないだけなのか、他に理由があるのか、自分でもよくわからない。けれど、名前すら知らない仄かな感情が、僕の胸の中にはあった。
「……ごちそうさまでした」
僕は、未練を断ち切るようにそう言って、相沢さんの家を出た。
それから、僕は毎週土曜日の夜に篝火を訪れた。相沢さんから、淡黄色のカクテルと彼の自宅の鍵を差し出される。僕達の秘密の合図だ。彼の仕事が終わった後、僕達は夜通し体を重ねる。そんな週末が、数回ほど続いた。
最初の頃は、彼と悦楽を貪り合うのが楽しかったし、気持ちがよかった。けれど、回数を重ねるうちに、彼の事が知りたいと思うようになっていた。でも、勇気がなくて言い出せない自分がいる。
(……臆病だよな、僕)
と、自己嫌悪に陥ることもしばしばだった。
なぜ、こんなにも彼の事が気になるのか。何度も体を重ねて、睦言めいた言葉を紡いで……。それでも、相沢さんが欲しいと思ってしまう。
(もしかして、僕は……相沢さんが好き、なのか?)
そんな事を思い浮かべて、即時に否定した。
あり得ない。彼とは、体だけの関係のはずだ。それ以上の感情なんて、持ち合わせるはずがない。
気の迷いだと言い聞かせてみても、相沢さんを知りたいという欲は消せなかった。
でも、相沢さんに会うと、僕は彼を求めて快楽を貪る獣になってしまう。このままではいけないとわかっていても、教え込まれた気持ちよさに溺れてしまう。
(どうしたいんだ、僕は……)
答えが出ないまま、相沢さんとの情事を重ねて二カ月がすぎた。
いつも通り土曜日の夜に激しく抱かれて、日曜日の昼近くに目が覚める。
(……今日こそ、もう少し踏み込んで聞いてみよう)
起き抜けの頭で、そんな事を考える。
服を着てリビングに向かおうとした時、ベッドサイドに置かれている物が視界に入った。今まで、そんなところ意識したこともなかった。なのに、どうしても気になってしまう。
(何だろう?)
手に取ってみると、それは、猫の肉球をモチーフにしたピアスだった。それも片方だけが、無造作に置かれている。
相沢さんのかとも思ったけれど、今まで彼がこんなにかわいらしいピアスをしていた記憶がない。そもそも、彼が身につけているアクセサリーは、銃弾のモチーフがついたネックレスだけだ。もちろん、僕の持ち物でもない。
それでは、これはいったい誰の物だろう。疑問に思ってしまったら、見なかった事にはできなかった。
僕は、そのピアスを持ってリビングに向かう。
「おはよう。悪い、もう少し待ってて」
と、相沢さんがキッチンから顔を出す。
僕はうなずいて、リビングのいつもの席に座った。ピアスを持つ手は、無意識にテーブルの下に持っていく。ただ、なんとなく気まずさが先に来てしまっていた。
しばらくすると、「お待たせ!」と、相沢さんが料理を運んできた。たまごサンドとオニオングラタンスープだ。
(ポトフといい、今日のスープといい……洋食が好きなのかな?)
ふと、疑問が浮かぶ。ごく普通にたずねることができればいいのだろうけれど、今はそれよりも気になることがある。
「冷める前に食おうぜ」
と、僕の対面に座った彼にうながされた。
僕は曖昧にうなずいて、
「あの……これって、相沢さんの?」
と、持っていたピアスを見せる。
「――っ!? どこで、それを……?」
驚きの表情を浮かべる彼は、低い声でそう言った。感情を出さないようにしているのか、少し怖い。
「あ、えと……ベッドサイドに、あった」
相沢さんの雰囲気に飲まれて、僕はしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「あ……そっかー。そんなとこにあったのか。この前、失くしたと思ってたんだよね。ありがとう」
捲し立てるように言うと、相沢さんは僕の手からピアスを引ったくるように取った。
「あ、あぁ、うん……」
彼の勢いに気圧されて、僕は唖然としながらうなずくしかなかった。
(もしかして……恋人の、だったりするのかな……?)
彼の慌てぶりから、そんな推測をする。直接、聞かされたわけではない。けれど、かっこいいし、細やかな気遣いができる人なのだから、恋人がいてもおかしくはない。
「さ、食おうぜ!」
ピアスをズボンのポケットに無造作に入れると、相沢さんは何事もなかったかのように告げた。
不自然に見えたけれど、指摘する勇気もなくて。僕は、うながされるまま、食事に手をつけた。楽しい食事のはずなのに、料理自体はとても美味しいのに、僕の心はすっきりしない。いつもより饒舌な相沢さんが、どこかよそよそしい。やはり、僕以外にも誰か――特定の相手がいるのだろう。
食後のティータイムも、今日ばかりは短時間で切り上げ、僕は相沢さん宅を後にした。
自宅に戻った瞬間、僕は肺の中の重苦しい空気をすべて吐き出すように呼吸する。胸がざわざわとして落ち着かない。あのピアスが、本当は誰の物なのか。相沢さんがあんなに慌てていたのは、どうしてなのか。僕の心が晴れない原因は、何なのか。疑問ばかりが、頭の中を巡っている。
『そういう煮え切らない態度が、気に入らないのよ!』
耳の奥に蘇るあずさの言葉が、胸に深く突き刺さる。彼女と将来について話していた時の光景が、脳裏に浮かぶ。あの時、僕は『結婚』の二文字に躊躇してしまった。
忘れたと思っていたのに。どうして今、思い出してしまったのか。苦い記憶の残滓を振り払うように、下半身に手を伸ばす。相沢さんの声を、仕草を思い返して、自身をしごく。けれど、どうにも乗り切れない。胸の中に広がるのは、彼への切なさだけで。
「情けないよな……」
ため息とともにつぶやいて、僕はベッドの上でうなだれた。
今度こそ、幸せになりたいと思っていたはずなのに。状況は違っていても、またあの時と同じ過ちを犯そうとしている。
「ぁ……ごめん、汚しちゃった」僕は、荒い息のまま謝罪する。僕の足先の床に、白濁の液体が水溜りのように広がっている。「あぁ、別にいいよ。後で掃除するから。それよりさ、ベッド行こうぜ」「あぇ……ベッド?」「あんたのかわいい顔見ながら、イきたい。いいだろ?」竜希は、そうささやいて僕の耳たぶを甘噛みする。「ん……っ! ぁ……少しだけ、じゃなかった?」「満足させてくれって言ったのは、あんただぜ?」くつくつと笑う竜希は、僕から自身を抜いた。「ひぅ……」ずるりと引き抜かれる感触に、思わず声が出てしまった。「こんなんじゃ、まだ足りねえだろ?」妖艶に告げる竜希に、僕は無言でうなずいた。「だよな。おいで」彼にうながされてベッドに向かうと、優しく押し倒された。「佳晴さん、かわいい。ずっと、俺だけ見てて」竜希はそう言うと、僕の返事を待たずにキスをした。優しく甘く温かいキスに、ゆっくり溶けてしまいそうだ。(僕だけ見てて、竜希……)独占欲にも似た感情が、胸の中に溢れてくる。息が苦しくなるのも構わずに、僕達は貪るようにキスをする。呼吸の一つ、唾液の一滴さえも逃したくないくらいに夢中になっていた。「んぁ……」甘くとろけた吐息が漏れた。舌もしびれている。(このまま、キスしていたい……)ぼんやりとそんな事を思っていると、竜希の唇がふっと離れた。名残惜しくて目を開けると、竜希は瞳をギラつかせていた。本能むき出しの姿に雄を感じて、心臓が跳ねる。同時に、僕自身が硬く反り勃ち、腹の奥が疼いた。「た、つき……」もたつく
注文していたピザが届くと、僕達はいつものように向かい合って食卓を囲んだ。僕の前にはアスパラとベーコンとコーンが乗ったピザが、竜希の前にはペパロニがたくさん乗ったピザが置かれている。いただきますと言って食べ始める。シャキシャキとしたアスパラの食感とベーコンの塩気、それにコーンの甘味がちょうどいい。「佳晴さんのも美味そうだな。一切れちょうだい」「いいよ。そっちの、一切れもらっても?」「もちろん」と、互いのピザの一切れを交換する。もらったピザを一口食べると、ペパロニ独特の肉の味とチーズのコクが口の中いっぱいに広がった。「これも美味しいな」「だろ? 一番好きなピザなんだよね。こっちはどうかな、と。……美味い! これ、好きだ」アスパラベーコンのピザを一口食べると、竜希の顔に満面の笑みが咲いた。「よかった、気に入ってもらえて。このピザ、僕のお気に入りなんだ」「じゃあ、よく頼むんだ?」「うん。たまに、別のを選ぶけどね。期間限定のとか、クアトロフォルマッジとか。でも、結局これに戻っちゃうんだよね」「ああ、それは確かにわかるかも。食い飽きない味だもんな、これ」言いながら、竜希はその一切れを頬張る。そんな彼を見て、ほっとすると同時に笑みがこぼれた。誰かと好きな味を共有できることが、とてもうれしい。それに、自宅で食べるピザよりも、格段に美味しい気がする。(これも、竜希と一緒だからかな)なんて、自然と彼に視線が行く。「どうしたの? そんなに見つめてくれちゃって。もしかして、もう一切れ欲しい?」小首をかしげて、竜希は自分のピザを指さした。「違うよ。竜希と一緒だから、ピザが美味しいなって思っただけ」僕は、わずかの逡巡、思ったままを伝えた。「……そっか。それなら、よかったよ」と、竜希はにやりと口角を上げる。けれど、爽やかな笑顔とも妖艶なそれとも違う。少しだけ、揶揄いが含まれているような感じがした。
カフェを出た僕達は、真っ直ぐアパートへと向かった。その間も、竜希は当然のように愛をささやいてくる。聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいの甘い台詞だ。でも、うれしすぎて自然ににやけてしまう。「もうわかったから、やめろって」「嫌だね。俺がどれだけ佳晴さんを愛してるか、ちゃんと理解してもらわなきゃ」「理解してるから。変に嫉妬して、悪かったよ」「別に、それはいいよ。俺だって、嫉妬してもらえるのはうれしいからさ。でも、俺にはあんたしかいないの。他の奴なんかどうでもよくなるくらい、佳晴さんに惚れてるの。もう、あんたなしじゃ、生きられねえんだよ」ねっとりと告げる竜希の言葉に、僕の体は熱くなり、自身は股布を押し上げるほど主張している。(まったく、運転中なのにな……)僕は、軽く息をついた。早く彼に触れたい、抱きしめたい。焦燥感にも似た思いが込み上げ、ハンドルを握る手に力が入る。もちろん、安全運転は心がけているけれど。「なあ、竜希?」「ん? 何?」「どうして、そんなに僕を口説いてるんだ? もう堕ちてるのに」「さあ? どうしてだろうな?」他人事のように竜希が言った。ちらりと見た横顔には、困ったような笑顔が浮かんでいる。「まあでも、俺があんたに伝えたいだけだから。そんなに、重く考えなくていいんじゃねえの?」明るい口調で問いかける竜希。確かに、深刻に受け止めなくてもいいのかもしれない。「そうだな。竜希が僕を好いてくれてるんだから、それでいいか」「おう。で? 佳晴さんは?」「え、僕?」「そう。俺の事、好き?」「もちろん好きだよ。貴方の隣を、誰にも渡したくないくらいにはね」平然と言ってのける。でも、内心は、顔から火が出るほど恥ずかしかった。今まで、こんな台詞を言った事なんて一度だってなかった。なのに、竜希が相手だと、言葉が自然と溢れてくる。僕にとって、彼はすでに特別な存在になっていた。
売店に戻ると、竜希に話しかけているらしい二人組の女性が目についた。(もしかして、逆ナンされてる?)胸の中に黒いものが広がる。同時に、指先が冷えていく。気持ちを落ち着かせるように、一度ゆっくり息を吐いた。「お待たせ」と、明るく竜希に声をかけた。「あ、佳晴さん」竜希は、助かったとばかりに顔をほころばせる。「僕の連れに、何かご用ですか?」女性陣に優しくたずねる。もちろん、笑顔を保ったままだ。「あ、いえ……おしゃれでかっこいい方だから、ちょっとお話を聞きたくて」と、ショートカットの女性が臆面もなく話す。「……あっ!」僕が口を開こうとした瞬間、もう一人の女性が声を上げた。見ると、トイレ前でぶつかりそうになった小柄な女性だった。「あぁ……先ほどは、すみませんでした」「いえ、私の方こそ、ちゃんと見てなかったので」「あれ? 佳晴さんの知り合い?」竜希が小首をかしげる。「いや、さっき、ぶつかりそうになってな」事実を端的に告げる。「あの! もしよかったら、この後、食事とかどうですか? 何か、お詫びしたくて」小柄な女性は、申し訳なさそうに告げる。実際にぶつかったわけではないから、そんなに気を遣わなくていいのだけれど。「すみません、お気持ちだけいただきます。僕達、デート中なので、これで失礼しますね」にこやかに、でもきっぱりと言うと、僕は竜希を連れてその場を離れた。科学館を出るまで、僕達は無言だった。竜希は、何となく気まずくて黙っているだけなのかもしれない。でも、僕の場合は違った。心の中に渦巻く黒い感情に、囚われていた。「佳晴さん」竜希に呼ばれたけれど、答えずに車へと向かう。「おい、待てよ。佳晴さん!」彼が何を言いたいのか、何となく分かるよ
デート当日、僕はアラームが鳴る前に目が覚めた。「……楽しみにしすぎだろ」と、自分に呆れる。でも、浮足立っているのは事実だ。(さてと。何を着て行こうかな?)なんて、恋する乙女みたいなことを考える。あれでもないこれでもないと悩み、ようやく服が決まった時には、起きてから三十分ほど経っていた。内心、焦りながら身支度を整える。ちょうど準備が整ったところで、呼び鈴が鳴った。玄関を開けると、竜希が立っていた。相変わらずかっこよく決めていて、胸元には銃弾のネックレスが揺れている。「おはよう、佳晴さん」「おはよう。約束の時間より、ちょっと早いんじゃないか?」自分の事は棚に上げて、竜希にたずねる。スマホの画面をちらりと見ると、約束の時間より十五分も早い。「あんたに、早く会いたかったから」竜希は、爽やかな笑顔で、恥ずかしげもなく答える。「――っ! それは、うれしいけど……」顔が熱い。竜希の顔をまともに見られない。「照れてる佳晴さん、かわいい。とりあえず、飯食いに行こうぜ」僕はうなずいて、彼とともに家を出る。迷わず自分の車へ向かうと、「佳晴さん? 今日は、俺が車出すよ?」途中で立ち止まった竜希が、車の鍵を見せて言った。僕は首を横に振って、運転したい気分だからと告げる。そういう事ならと、竜希は快くうなずいてくれた。車に乗り込んで、どこへ行こうかと話し合う。「んー、そうだな……ファミレスでいいんじゃね?」「じゃあ、プラネタリウム近くで、ファミレス探そうか」そう言って、プラネタリウムがある科学館近くへと車を走らせる。しばらく運転すると、馴染みのあるファミレスのチェーン店が見えてきた。駐車場に車を止め、店内に入る。昼時ともあって、明るい店内は賑やかだった。空いている席に座り、料理を注文する。しばらくす
「んぅ……ふ……」頭の芯が甘くしびれ、吐息が漏れる。いつもなら、このまま押し倒され、体を重ねる流れだ。でも、押し倒される気配はおろか、肌を滑る指の感触さえない。(まだ、しないのかな?)少し残念に思ってしまった。「……それじゃあ、いつ行こうか?」僕から離れると、竜希は何事もなかったかのように聞いた。「ぁ……えっと……」頭がぼうっとして、上手く働かない。そんな事よりも、もっと触れてほしくて竜希を見つめる。「ん? どうしたの?」妖艶な笑みを浮かべる彼に、じれったさを覚えた。「……したい」視線をはずして、ぽつりとつぶやく。思ったよりも拗ねた言い方になってしまった。「んー? 何をしたいのかな?」にまにまと煽る竜希に、「……もう! エッチしたいって言ってるんだよ!」噛みつくように言った。満足そうに笑う竜希。何だか、彼の思惑通りに動かされたような気がしてならない。「まだ決めてない事あるけど、いいの?」「よくない、けど……」ごにょごにょと口ごもる。キスをしたせいで、体が火照ってしかたがない。「なら、決めちまおうぜ。全部終わってからなら、抱いてやるよ」甘やかな誘惑に、僕は無言でうなずいた。深呼吸をして、湧き上がる欲望をなだめる。思考を一旦クリアにして、パソコンの画面に視線を戻した。プラネタリウム施設の開館日を確認する。「あれ? 月曜、休みなんだ?」隣にいる竜希が、残念そうにつぶやく。「そうみたいだね。もしかして、休み取るの難しい?」難しいなら自分がと言いかけるけれど、竜希は首を横に振った。「ああ、それは
カフェに到着した僕達は、店内の奥にある席を選んだ。周囲に他の客の姿はなく、相談事をするにはうってつけだった。とはいえ、本当に彼女に相沢さんとの事を話してしまっていいのかどうか、今更ながらに悩んでしまう。注文を取りに来た店員に、理沙さんは紅茶とイチゴのパフェを、僕はコーヒーをそれぞれ注文する。「……それで、相馬さんは、何を悩んでるんです?」店員の気配がなくなってから、理沙さんがたずねた。「それは……」口ごもる僕に、理沙さんは肩をすくめて、「まあ大方、相沢先輩との事なんだろうけど」
よそよそしい彼の作り笑いが、仕事中も脳裏にこびりついて離れない。忘れようとして、ジムで汗を流す。けれど、彼の低く甘い声が、耳の奥にこだまして、忘れさせてくれない。自宅に帰ってからも、彼の幻影は消えてはくれなかった。『佳晴さん』ふいに、彼の甘えるような声音が蘇る。「……っ!」劣情を抱えた僕は、窄まりにも手を伸ばす。彼の手つきを再現するように動かすけれど、どこか物足りない。「相沢、さんっ……!」僕は、少し強引に欲望を吐き出す。すっきりしたはず
自宅に戻った僕は、しばらくの間、自室でぼうっとしていた。『次の土曜日の夜に』という彼の言葉と、手の甲に触れた唇の感触が忘れられない。あの後、僕達が体を重ねることはなかった。とはいえ、緩い愛撫がエスカレートしないわけもなく、僕は彼を求めた。でも、自分でセックスはしないと言ってしまった手前、それを口にすることはできなかった。視線で察したのか、相沢さんは「あんな事、言わなきゃいいのに」なんて言いながら、僕の股間に顔を近づけ、僕自身を口に含む。そのまま口でされて、達してしまった。それが、今から三十分ほど前の事だ。「次の土曜日、か&h
暖かく眩しい日差しにあてられて、僕は目を覚ました。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。寝ぼけ眼で室内を見回す。相沢さんの部屋だという事を思い出すのに、数秒ほどかかった。でも、肝心の彼の姿がない。(どこに行ったんだろう……?)疑問に思い、起き上がろうと寝返りを打つ。体がだるい。昨夜の記憶が、恥ずかしさとともに蘇る。でも、不思議と嫌なものではなかった。「あんなに気持ちよかったのは、久しぶりかもな」ぽつりと、本音が口から漏れた。ベッドから出ようとして、布団の感触に苦笑する。確認するまでもなく、素っ裸だ。相沢さんに抱かれた後、そのまま眠ってしまったのだろう。一応の確認をすると、僕の体は